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【瀬戸焼買取】瀬戸焼の高価買取は愛知名古屋 永寿堂へ
買取りした瀬戸焼

瀬戸焼の買取りはおまかせ下さい。名古屋市をはじめ愛知県や岐阜県や三重県でご不要となり処分売却をご検討の瀬戸焼がございましたら買取りさせて頂きます。出張買取や店頭買取や宅配買取さまざま方法で買取り対応致します。

【目次】
1.瀬戸焼について
 瀬戸焼の特徴
 瀬戸焼の始まり
 著名な瀬戸焼作家を紹介
 瀬戸焼の種類
2.瀬戸焼を手放すなら?買取方法を紹介
3.瀬戸焼の買取でよくある質問
4.買取りした瀬戸焼の一例
5.瀬戸焼の売却ご処分は瀬戸焼の買取店である永寿堂へ!
  永寿堂へのお問い合わせ

 

瀬戸焼について

瀬戸焼の作品イメージ

瀬戸焼は日本屈指の窯業地帯である愛知県瀬戸市を中心に作られている、陶器や磁器といった焼物のことです。瀬戸焼には1000年以上の歴史があるとされており、いまだに新たなタイプの焼物が次々に作られています。多種多様な焼物が誕生することから「瀬戸焼でつくれぬものはない」とまで評されたほどです。また、日本のみならず世界でも用いられたことから、焼物の代名詞として「せともの」という言葉が広まったと言われています。

 

瀬戸焼の特徴

瀬戸焼の特徴は中国の青磁や白磁を思わせる白い素地と、素地をいかした釉薬の使い方にあるとされています。なぜ白い素地の焼き物が作られるようになったのでしょうか。その理由は瀬戸市周辺の土にあるといわれています。この地域では鉄分がほとんど含まれていない良質な陶土が豊富に産出します。そのため、瀬戸市周辺の陶土を使って焼きあげた陶器は、白い素地に仕上がります。瀬戸焼はこの特徴をいかして、さまざまな施釉製品を作りだしてきました。

 

瀬戸焼の始まり

瀬戸焼の始まりは古墳時代にさかのぼるとされています。5世紀後半に現在の愛知県猿投地区に埴輪・須恵器窯として「猿投古窯群」が作られました。奈良時代に入ると猿投窯で日本初の人工施釉陶器(灰釉陶器)が生産され、日本各地に猿投窯の陶器が流通するようになります。10世紀後半から、窯業は猿投古窯群のあった土地から周辺に広がって行き、現在の瀬戸周辺の地区でも灰釉陶器の生産が始まりました。これが「瀬戸窯」の誕生とされています。

12世紀の鎌倉時代初頭、瀬戸窯では古瀬戸様式が成立します。灰釉や飴釉を釉(うわぐすり)として表面を覆い、黄褐色や黄緑色といった焼物を生産しました。また、14世紀になると釉に鉄分を混ぜた黒褐釉を使い、黒い高級な質感をもった瀬戸焼を製造するようになりました。なお、古瀬戸様式の成立は、13世紀中頃に宋(中国)から施釉陶器の技法を持ち帰った加藤四郎景正が広めたという伝承もあります。古瀬戸様式には中国の磁器を参考にしたと考えられるデザインのものが多く、日本国内では高級な中国磁器の代用品として流通したのではないかと考えられています。

 

著名な瀬戸焼作家を紹介

陶祖は加藤四郎左衛門景正(通称:藤四郎)とされています。しかし、実在したかどうかは不明です。確証をもって彼の作品とされる瀬戸焼も、現在のところ見つかってはいません。陶祖・加藤四郎佐衛門景正の技法に続いたとされる作家が、瀬戸窯周辺には多く残っています。その1人が「加藤作助」です。「作助」という名前は150年以上続く瀬戸焼の名門「作助工房」で代々継がれてきた名前です。加藤作助はその5代目。日本伝統工芸展で42回連続入選するなど、多くの賞を受賞しています。

江戸時代に登場した加藤民吉(かとうたみきち)もよく知られている瀬戸焼の陶工です。加藤民吉は肥前国有田(現在の佐賀県有田市周辺)から瀬戸に有田焼の染付磁器などの製磁技術を伝えたことで知られています。そのため「磁祖」とも呼ばれた人物です。加藤民吉の銘がある作品は存在するものの、いずれもその真偽が明らかではありません。諸説あるものの、銘がない「懐き柏向付」をはじめとする数点は、使われている技法から加藤民吉の作品ではないかと考えられています。

現代の瀬戸焼の陶工では、安南(ベトナム)をモチーフにした安藤友紀、遊び心のある絵付けが人気の石川理恵、ろくろ型打ちを得意とする石田裕哉などがよく知られています。

 

瀬戸焼の種類

瀬戸焼は主に釉によって分類されます。灰釉は13世紀ごろまでによく用いられた瀬戸焼の基本。そこに鉄を混ぜたものが鉄釉です。黄褐色から黒色まで発色の幅が広いのが鉄釉の特徴です。鉄釉が使われた瀬戸焼には「瀬戸黒」「天目」「古瀬戸」などがあります。灰釉に混ぜる鉄分をごく微量にして、黄褐色に発色する釉を使った瀬戸焼が「黄瀬戸(釉)」です。黄瀬戸の焼物には、装飾のアクセントとして緑色の硫酸銅が用いられていることがよくあります。

灰釉に長石を混ぜて作られた「御深井釉(おふけゆう)」を使った瀬戸焼が「御深井焼」です。御深井焼は青磁を思わせる黄緑色なので「美濃青磁」とも呼ばれています。なお、瀬戸焼において「青磁」と呼ばれるものは、青磁釉の瀬戸焼を指していることがあります。これは明治期以降に大量生産された瀬戸焼の一種です。青色からヒスイのような緑色をしています。また、青磁釉と重なる時期に作られた青の瀬戸焼であっても、コバルトによる紺青色の釉を用いた瀬戸焼は「瑠璃釉」として別の種類に分類されています。

16世紀ごろ長石を使った釉(志野釉)によって白色の瀬戸焼が作られました。これが「志野(焼・釉)」と呼ばれる瀬戸焼です。その様式をまねたものも志野と呼ばれています。17世紀初頭には、酸化胴によってより緑色に発色する織部釉を使った「織部焼」が登場します。酸化銅を混ぜた釉は、還元焼成すれば赤く発色させることも可能です。還元焼成によって作られた瀬戸焼が「辰砂(釉)」と呼ばれるものです。

 

瀬戸焼を手放すなら?買取方法を紹介

買取方法は出張買取・宅配買取・店頭持ち込みから選べます。買取に出したい瀬戸焼があるときは、まずは電話・LINE・メールフォームのいずれかの方法で査定の申し込みをしてください。査定に出すときは、瀬戸焼の種類・サイズ・点数・作者名といった情報を、なるべくわかる範囲で知らせてください。小さなサイズの瀬戸焼であるなら店頭持ち込みが便利です。瀬戸焼が複数ある場合や、運び出しが難しい場合には出張買取の利用がおすすめです。

 

瀬戸焼の買取でよくある質問

Q:瀬戸焼の詳細がわかりません。買取は無理ですか?
A:詳細が不明の瀬戸焼であっても買取は可能です。美術品や骨とう品は作者や制作時期などの詳細がわからないことがよくあります。気にしないでそのまま査定に出してください。

Q:祖父の遺品の瀬戸焼がいくつも見つかりました。宅配買取をお願いできますか?
A:もちろん宅配買取で査定いたします。また、梱包の手間がかかるようなら、出張買取もご検討ください。

Q:瀬戸焼をLINE査定してもらいたいのですが、写真はどのように撮ればいいのでしょうか?
A:瀬戸焼全体が映った写真で2カットから3カット撮影してください。瀬戸焼の裏側も撮影しておくとよいでしょう。このほかに、共箱がある場合には箱とフタ、署名・作品の花押・落款なども撮影しましょう。なお、サイズ感が写真からではわかりません。写真撮影した瀬戸焼の寸法を必ずLINEでお伝えください。

 

買取りした瀬戸焼の一例

買取りした瀬戸黒茶碗●買取りさせて頂いた中島正雄の瀬戸黒茶碗。

 

買取りした黄瀬戸の焼物●買取りさせて頂いた加藤春二作の黄瀬戸の向付10客揃い。

 

買取りした瀬戸物●買取りさせて頂いた加藤偉三 (号:桃山子) の染付瑞鳥文平茶碗。

 

買取りした瀬戸黒のぐい呑み●買取りさせて頂いた原憲司の瀬戸黒ぐい呑。

 

瀬戸焼の売却ご処分は瀬戸焼の買取店である永寿堂へ!

瀬戸焼の売却であれば高価買取します

瀬戸焼を売りたいとお考えであれば、ぜひとも「永寿堂」にお売りください。弊社では、店主が自ら査定します。運営コストを抑えていますので、その分買取価格を検討でき高価買取が可能となります。

また幅広いジャンルを取り扱っており、瀬戸焼の他にも、骨董品や絵画や掛け軸や刀剣やアンティーク品や中国美術などその他ジャンルを問わず、さまざまな品をコレクションしていた方の品を買取り致します。気になった方は、電話またはメールでお問い合わせください。

 

永寿堂へのお問い合わせ

・TEL:0120-060-510

・メール:info@eijyudou.com

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