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【徳川慶喜買取】徳川慶喜作品の買取は永寿堂へ

徳川慶喜の作品を買取りしております。売却をお考えの徳川慶喜の書や掛け軸など徳川慶喜に関する品の買取りは永寿堂におまかせ下さい。電話やメールにてお気軽にお問い合わせ下さい。こちらでは徳川慶喜についてや略歴や買取相場なども掲載しておりますので購入や売却の際のご参考にして下さい。

【目次】
徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)について
 a.徳川慶喜の主な略歴
  継嗣問題に関する知識
  安政の大獄に関する知識
  徳川慶喜の書の買取相場と代表作
 b.徳川慶喜の作品買取で当社が選ばれる理由
 c.徳川慶喜の買取でよくある質問
 d.徳川慶喜の売却であれば買取専門店である永寿堂へ!
  永寿堂へのお問い合わせ先

 

徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)について

1866〜1867年に江戸幕府第15代将軍を務めた徳川慶喜は、「最後の将軍」として知られています。1837年(天保8)9月29日、江戸の水戸藩邸で吉子女王を生母に水戸藩主である徳川斉昭の第7子として生まれました。幼名は「七郎麿又は昭致」、あざなは「子邦・刑部卿」です。
父の命で、生後7ヶ月から11歳まで水戸の藩地で幼時教育を受けましたが、聡明な慶喜に対する斉昭からの期待も大きく、その教育は厳しいものであったと言われます。1847年(弘化4)10歳で一橋家を相続し元服、従三位左近衛中将に任ぜられて刑部卿と称し、名を慶喜と改めました。1855年(安政2)18歳で一条忠香養女延君と結婚し、参議となります。

その後、第13代将軍家定の継嗣問題で慶喜と和歌山藩主徳川慶福が後継候補とされ、2派に分かれた政争となりました。しかし、1858年(安政5)井伊直弼が大老就任後、将軍家定の死去に当たり慶福を将軍としたことで慶喜は敗れます。また同年井伊直弼は、勅許を待たず日米修好通商条約への調印を断行し、これに対し慶喜・父斉昭らは、当時異例の不時登城(本来の登城日以外に登城すること)で大老を詰問。そのため慶喜は登城停止を言い渡され翌年から約3年間蟄居謹慎の処分を下されます。これは大老井伊直弼による安政の大獄の一つ。1860年(安政7)井伊直弼の桜田門外での暗殺後に謹慎は解かれるものの、接客や文通は禁じられたまま1862年(文久2)4月に解除されるまで続きました。

謹慎がすべて解除された1862年、慶喜は幕命による一橋家の再相続の許可・将軍後見職への任命により、一躍幕政の要職を務めることになります。慶喜は将軍を良く補佐し朝廷・幕府間の調整や大名らとの交渉などに尽力しますが、当時京都では尊攘運動がピークを迎え、幕府を基盤とした改革を主張する慶喜は、攘夷派の朝廷や幕閣独裁を嫌う大名らとの折衝に難航しました。その後1864年(元治元)慶喜は将軍後見職などを辞任し禁裏守衛総督の職に就き、禁門の変で活躍。1866年(慶応2)には第二次長州征伐の最中に将軍家茂が没し、それに伴い慶喜は徳川宗家を相続し権大納言・正二位・征夷大将軍に任叙されます。

慶喜は将軍就任後、フランス公使レオン・ロッシュの助言をよく取り入れ幕府制度の改革や軍備の充実に努めますが、幕政の衰退を止めることは叶わず、1867年(慶応3)10月土佐藩の提言を受け、討幕の密勅が下ると同時に大政奉還を上奏します。慶喜は諸藩連合による国政に替わっても幕府の力は維持できるものと考えていましたが、同年12月に朝廷が王政復古の大号令を発布。さらに翌年、鳥羽・伏見の戦いによる幕府軍大敗で状況が一変し、一時は抗戦も考えたものの最終的には恭順の態度を示し江戸に戻り、上野の寛永寺において閉居謹慎しました。

江戸城開城後、死罪を免れた慶喜は水戸で謹慎し、新政府の命で徳川宗家の家督を田安亀之助に譲って駿府に移り、1869年(明治2)謹慎を許された後も趣味に打ち込む生活を送ります。その後1902年(明治35)公爵に列し1908年(明治41)勲一等旭日大綬章を受け、1913年(大正2)11月22日、77歳で死去しました。現在は東京都台東区谷中の徳川家墓地に眠っています。

 

徳川慶喜の主な略歴

幕末から明治にかけての激動の時代を駆け抜けた最後の将軍、徳川慶喜の主な略歴をご紹介します。

1837年(天保8) 誕生
1847年(弘化4) 一橋家を相続、元服、従三位左近衛中将に任命、刑部卿と称し名を慶喜と改める
1855年(安政2) 結婚、参議に任命
1858年(安政5) 不時登城し大老を詰問
1859年(安政6) 謹慎処分を受ける
1860年(安政7) 接客や文通を除く謹慎処分解除
1862年(文久2) 接客や文通の禁止解除、一橋家再相続許可、将軍後見職に任命
1863年(文久3) 参与に任命
1864年(元治元) 将軍後見職・参与を辞任、禁裏守衛総督の職に就任、禁門の変で活躍
1866年(慶応2) 徳川宗家相続、権大納言・正二位・征夷大将軍に任叙
1867年(慶応3) 大政奉還を上奏
1868年(慶応4) 鳥羽・伏見の戦いで敗北、上野寛永寺を経て水戸にて閉居謹慎、徳川宗家の家督を田安亀之助に譲る・駿府へ移居
1869年(明治2) 閉居謹慎解除
1872年(明治5) 従四位を任叙
1880年(明治13) 正二位を任叙
1888年(明治21) 従一位を任叙
1902年(明治35) 公爵を任叙
1908年(明治41) 勲一等旭日大綬章を任叙
1913年(大正2) 死去

 

継嗣問題に関する知識

ペリー来航直後の1853年に就任した第13代将軍家定は病弱で子がなかったため、後継問題が切実でした。攘夷論の中心的存在であった水戸藩主の子息で英明な慶喜を、越前藩主松平慶永・薩摩藩主島津斉彬などの有志大名らが支持し、幕閣独裁を排し雄藩による統一体制を樹立しようと画策(一橋派)。その一方、譜代大名の筆頭である彦根藩主井伊直弼を中心に多くの大名や幕臣らが、慶福の血統のほうが近く家定も望んでいるとして対抗しました(南紀派)。この二派の対立は、当時日本が欧米列強から開国を迫られていたことから「鎖国を続けるか」「開国するか」といった論争も含み複雑化していきます。

 

安政の大獄に関する知識

安政の大獄とは、井伊直弼が勅許を待たずに日米修好通商条約に調印したことを理由に、継嗣問題に敗れた一橋派が一斉に井伊攻撃を始め、そのことに危機を感じた井伊直弼が1858年(安政5)に尊攘運動に対し弾圧を行ったという政治的事件です。慶喜の謹慎処分のほか、反幕派の公家・大名の隠退や落飾・幕吏の罷免や左遷・志士の検挙処断などの徹底的な弾圧政策が行われました。

 

徳川慶喜の書の買取相場と代表作

徳川慶喜作品の買取相場は、作品の種類や書いてある文字によって大幅に異なりますが真作であれば~40万円程度の査定となる事が多いでしょう。付加価値ある作品や書の内容次第では100万円以上の査定、油彩画などは更に高額査定となる可能性もございます。徳川慶喜の作品は書の扁額や掛け軸が多いですが、手紙なども買取りさせて頂きます。

代表作として静岡県立美術館所蔵の「油彩の風景画」、徳川ミュージアム所蔵の一行書や母に宛てた書状などがございます。

徳川慶喜の書イメージ

 

徳川慶喜の作品買取で当社が選ばれる理由

1.高価買取 当社は人件費や運営コストをかけていない分だけ高価買取させていただいております。
2.秘密厳守にて買取させていただいております。
3.京都や東京などにもルートがあり専門知識とデータにて適正価格にて買取させていただきます。
4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。
5.出張費用無料にて店主自らが査定に伺わせていただきます。

 

徳川慶喜の買取でよくある質問

Q.偽物か本物か分かりませんが査定買取りして頂けますか?
A.真贋が分からない品でも査定させて頂きます、当店が真贋を見分け買取りさせて頂きます。

Q.1点でも出張買取りして頂けますか?
A.1点のみとの事でしたら画像を送って頂くか詳しいお話をお聞かせ下さい、品物によっては1点でも出張買取り致します。

Q.徳川慶喜の作品以外にも絵画や掛け軸など骨董品があり運べません出張買取りして頂けますか?
A.喜んで出張買取にお伺い致します。

Q.作品が色ヤケやシミなどで状態が悪いのですが売却できるのでしょうか?
A.作品の状態が悪くても買取りはできますが高価買取は難しいかもしれません。

Q.遠方ですが出張買取りして頂けますか?
A.ご内容次第で遠方でも出張買取りできますのでご相談下さい。

Q.直筆でなく複製ですが買取り可能ですか?
A.複製でも買取りは可能ですが単品での買取りは対応は難しい場合がございます。

Q.書や掛け軸のみを買取りしているのでしょうか?
A.徳川慶喜関連の品であれば買い取りさせて頂きます、例えば十五代将軍 徳川慶喜公佩用 菊桐紋蒔絵絲巻太刀拵えの模造刀や希少な品とはなりますが油彩画なども買取りしております。

 

徳川慶喜の売却であれば買取専門店である永寿堂へ!

徳川慶喜の買取りは永寿堂へ

徳川慶喜の作品を売りたいとお考えであれば、ぜひとも「掛け軸買取店の永寿堂」におまかせ下さい。徳川慶喜の作品で書や掛け軸など様々な作品を買取りさせて頂きます。

当社は幅広いジャンルを取り扱っており、徳川慶喜の作品の他にも陶芸品や骨董品や絵画や掛け軸や茶道具や美術品などその他ジャンルを問わず、さまざまな品をコレクションしていた方の品を買取りさせて頂きますので電話またはメールでお問い合わせください。

永寿堂へのお問い合わせ先

・TEL:0120-060-510
・メール:info@eijyudou.com

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