愛知(名古屋)・岐阜・三重を中心に骨董品の高価出張買取を行う永寿堂の「お知らせ・コラム」ページ

お知らせ・コラム
NEWS

【岸竹堂買取】岸竹堂の掛け軸買取は永寿堂へ

岸竹堂の掛け軸を買取りしております。売却をお考えの岸竹堂の掛け軸の買取りは永寿堂におまかせ下さい。幕末から明治時代に活躍した日本画家で明治期の京都画壇3巨頭の1人と言われる岸竹堂についての略歴や買取相場なども掲載しておりますので購入や売却の際のご参考にして下さい。

【目次】
岸竹堂(きし ちくどう)について
 岸竹堂の略歴
 岸竹堂の代表作
 岸竹堂の買取相場
岸竹堂の高価買取は永寿堂におまかせ下さい!
 永寿堂へのお問い合わせ先

 

岸竹堂の掛け軸を高価買取りします

岸竹堂(きし ちくどう)について

岸竹堂は、幕末期から明治期に活躍した日本画家です。文政9年に彦根藩士寺居孫二郎重信の三男として生まれ、本名は寺居昌禄、字は子和で通称は八郎と呼ばれていました。別号には残夢、新月、虎林、如花などもあります。当初は父と同じく彦根藩士であった狩野派の中島安泰に師事していましたが、天保13年に安泰の勧めで京都に上ってからは京狩野家九代狩野永岳の弟子となります。11歳から永岳のもとで絵を習っていた竹堂は様々な画風を取り入れることで、落ち目にあった京狩野派に新たな息吹をもたらしましたが、保守的・権威的な狩野派に合わないことが明らかになり、離れます。

狩野派を離れた後、竹堂は岸駒の流れを受け継ぐ岸派三代目岸連山の門下となりました。竹堂は連山の娘・素子と結婚して連山の娘婿となったことで、連山の没後に岸派4代目を継ぎました。岸派の画家となってからは朝廷や宮廷の仕事をしたり、明治になって呉服商の千總12代西村總左衛門からの依頼で友禅の下絵を手掛けました。やがて様々な博覧会や絵画共進会に絵を出品したり審査員となりつつ、明治21年には京都府画学校教授に、明治29年には帝室技芸員に任命され、森寛斎や幸野楳嶺らと共に京都画三巨塔の1人に数えられるほど重要な存在となりました。最後は明治30年に72歳で死去しました。

 

岸竹堂の略歴
天保7(1836)年 中島安泰門下になる
天保13(1842)年 京狩野派九代狩野永岳の門下になる
天保14(1843)年 岸派3代目岸連山の門下になる
安政元(1854)年 岸連山の養嗣子になる
安政6(1873)年 連山の死去に伴い岸派4代目となる
明治17(1884)年 第2回内国絵画共進会で銀賞受賞
明治21(1888)年 京都府画学校教授に就任
明治23(1890)年 第3回内国勧業博覧会で2等銀杯受賞
明治26(1893)年 シカゴ万国博覧会で銅牌受賞
明治28(1895)年 第3回内国勧業博覧会審査員
明治29(1896)年 帝室技芸員
明治30(1897)年 死去

 

岸竹堂の代表作

●第2回内国絵画共進会で銀賞を受賞した『晩桜図』
●第三回内国勧業博覧会で二等銀杯を受賞した『虎猿図』
●シカゴ万国博覧会で銅牌を受賞した『虎』

岸竹堂の掛け軸イメージ

 

岸竹堂の買取相場

岸竹堂が手掛けた書の買取額は、一般的には公開されておりませんが。模写である可能性の作品でもインターネットでは数千円~数万円の金額で取引されております。作品の出来や状態などで査定額が大きく変わるでしょう。

 

岸竹堂の高価買取は永寿堂におまかせ下さい!

岸竹堂の買取りは永寿堂へ

岸竹堂の作品を売りたいとお考えであれば、ぜひとも「永寿堂」におまかせ下さい。幕末から明治時代に活躍した日本画家で明治期の京都画壇3巨頭の1人と言われる岸竹堂の掛け軸を高価買取させて頂きます。

当社は幅広いジャンルを取り扱っており、岸竹堂の作品の他にも陶芸品や骨董品や絵画や掛け軸や茶道具や美術品やアンティーク品などその他ジャンルを問わず、さまざまな品をコレクションしていた方の品を買取りさせて頂きますので電話またはメールでお問い合わせください。

永寿堂へのお問い合わせ先

・TEL:0120-060-510
・メール:info@eijyudou.com

関連記事