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【東嶺円慈買取】東嶺円慈の掛け軸買取は永寿堂へ

東嶺円慈の掛け軸を買取りしております。売却をお考えの東嶺円慈の書や掛け軸の買取りは永寿堂におまかせ下さい。白隠慧鶴の弟子で江戸時代の臨済宗の僧侶である東嶺円慈についての略歴や買取相場なども掲載しておりますので購入や売却の際のご参考にして下さい。

【目次】
東嶺円慈(とうれい えんじ)について
 東嶺円慈の略歴
 大胆さが特徴である東嶺円慈の禅画
 東嶺円慈の買取相場
東嶺円慈の売却であれば買取専門店である永寿堂へ!
 永寿堂へのお問い合わせ先

 

東嶺円慈の書や掛け軸を高価買取りします

東嶺円慈(とうれい えんじ)について

東嶺円慈は、江戸時代に活躍した、臨済宗の僧侶です。近世臨済禅を中興させたとされる白隠慧鶴の弟子として、遂翁元盧と並んで、高い知名度を誇っています。円慈は、1721年に、近江で薬屋を営んでいた中村善左衛門の下に生まれました。そして、円慈が5歳の時に、日向大光寺の僧侶である古月禅材が、中村家で宿を取ります。そのことをきっかけに、円慈は、禅材の下で修業をしたいと考えるようになります。9歳になった円慈は、実際に仏門に入ります。

ただ、禅材の門下ではなく、能登川大徳寺の亮山恵林の門下となりました。それ以降、円慈は大徳寺で修業を続けますが、禅材への強い気持ちが消えることはありませんでした。そして、17歳になった円慈は、大徳寺を去り、禅材の門下となります。晴れて禅材門下となった円慈ですが、禅材がすでに隠居していることなどを理由に、2年程度で禅材の下を去ります。

禅材門下ではなくなった円慈は、法常寺の大道文可のところに足を運んだり、近江大日寺の十洲和尚から教えを受けたりするなど、仏僧としての修行を続けます。そして、1741年、21歳の時に、精神を集中させる独接心の修行を行い、仏教の真理を理解したとされています。その後、1743年に、松蔭寺の白隠慧鶴と出会います。

慧鶴と出会ってから間もなく、円慈は慧鶴の門下となります。松蔭寺の僧の中でもひと際目立った才覚を見せる円慈は、禅語の解説書の編集など、重要な役割を任されました。その後、29歳の時に、熟達したことを示す印可を、慧鶴から受けています。

師である慧鶴がこの世を去ってからは、円慈は龍沢寺の住職として暮らすこととなります。龍沢寺は、慧鶴が生前、円慈に創建を命じた寺でした。1789年になると、円慈は龍沢寺を離れ、尾張の瑞泉寺を経て、故郷にある近江の齢仙寺に辿り着きます。そして、72歳でこの世を去りました。

 

東嶺円慈の略歴
1729年 出家して大徳寺に入る。
1737年 古月禅材の門下となる。
1743年 白隠慧鶴に出会う。
1749年 白隠慧鶴から印可を受ける。

 

大胆さが特徴である東嶺円慈の禅画

円慈は、墨を使用した禅画を数多くこの世に残しています。その禅画は、師である白隠慧鶴の作風を元にしてあります。円慈が手掛けた禅画は、大胆な筆使いによって実現された、荒々しさが特徴です。そして、元となった慧鶴の作品よりも、豪快であるという評価をされることが多いです。

東嶺円慈の禅画

 

東嶺円慈の買取相場

東嶺円慈が手掛けた掛け軸は、どういった作品であるかによって、買取額が大きく異なります。ただ、どのような作品であっても、1万円を下回ることはまずないでしょう。真作であれば10万円を超える作品もあります。また、模写であっても1万円以上の値が付く作品もあります。

 

東嶺円慈の売却であれば買取専門店である永寿堂へ!

東嶺円慈の売却であれば買取りします

東嶺円慈の作品を売りたいとお考えであれば、ぜひとも「永寿堂」におまかせ下さい。白隠慧鶴の弟子で江戸時代の臨済宗の僧侶である東嶺円慈の書や掛け軸を高価買取させて頂きます。

当社は幅広いジャンルを取り扱っており、東嶺円慈の作品の他にも陶芸品や骨董品や絵画や掛け軸や茶道具や美術品やアンティーク品などその他ジャンルを問わず、さまざまな品をコレクションしていた方の品を買取りさせて頂きますので電話またはメールでお問い合わせください。

永寿堂へのお問い合わせ先

・TEL:0120-060-510
・メール:info@eijyudou.com

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